大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和55年(ネ)2974号 判決

控訴人 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 兵頭進

同 中村雅人

被控訴人 甲野秋夫

被控訴人 大東京信用組合

右代表者代表理事 関水誠

右大東京信用組合訴訟代理人弁護士 河和松雄

同 河和哲雄

同 住田昌弘

同 河和由紀子

被控訴人 吉本茂男

右吉本訴訟代理人弁護士 平林良章

主文

一  原判決中、被控訴人甲野秋夫に関する部分を取消す。

二  被控訴人甲野秋夫は、別紙物件目録記載の建物につき、別紙登記目録(一)記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  控訴人の被控訴人大東京信用組合及び同吉本茂男に対する本件各控訴を棄却する。

四  控訴費用中控訴人と被控訴人大東京信用組合及び同吉本茂男に関する部分は控訴人の、控訴人と被控訴人甲野秋夫との間の訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。別紙物件目録記載の建物につき、控訴人に対し、(一)被控訴人甲野秋夫は別紙登記目録(一)記載の登記、(二)被控訴人大東京信用組合は同目録(二)記載の登記、(三)被控訴人吉本茂男は同目録(三)および(四)記載の各仮登記のそれぞれ抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、それぞれ控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、左記に付加するほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。ただし、原判決三枚目裏七行目の「四月一〇日、」の次に「又は同年一〇月中旬、」を加入する。

(主張)

一  控訴人

1  仮に、控訴人が本件建物を新築してその所有権を取得したものでないとしても、亡太郎が昭和三八年頃新築し、その頃控訴人に贈与したものである。

2  仮に控訴人が本件建物につき所有権を取得しなかったとしても、右建物は亡太郎の所有であるところ、控訴人は同人の妻として右建物についても持分三分の一の割合により相続し、共有持分権を有するから、右建物についての保存行為として本訴請求に及ぶ。

3  被控訴人ら主張の抗弁事実はいずれも否認する。

控訴人が被控訴人甲野秋夫に対し、昭和五二年一〇月中旬、本件建物の登記済証、控訴人の印鑑証明書、白紙委任状を交付したのは、亡太郎の一部の相続人らで合意した遺産の分割に関する協議書(甲第四号証)の線にそって、全相続人の合意が成立したときは、本件建物を右協議書第三、ロ記載の者に所有権を移転させるために必要と考えて、条件付でなしたものであり、同被控訴人に所有権を移転する趣旨で右各書類を交付したものではない。

二  被控訴人甲野秋夫

1  昭和五二年四月一〇日亡太郎の相続人のうち、控訴人、甲野松夫、甲野竹夫、甲野松枝、被控訴人甲野秋夫、甲野春夫、甲野夏夫が集った際、同人らの間で控訴人、松夫、竹夫が住んでいる土地は、右三名が相続し、本件建物とその敷地を含む其の余の財産はその余の相続人らで分割する旨の合意がなされ、その処分については被控訴人甲野秋夫が一任された。

2  昭和五二年一〇月中旬、被控訴人甲野秋夫は控訴人から、本件建物の登記済証、控訴人の印鑑証明書、白紙委任状を受取ったが、これは同被控訴人が本件建物を換金するか、そうでない場合には、同被控訴人が本件建物を抵当に入れて金を借り、金を必要としている相続人に交付するという趣旨で援受されたものである。

3  本件建物に根抵当権等を設定して被控訴人組合らから借りた金は、被控訴人甲野秋夫が全部費消したものではなく、大阪等に居住する丙川竹枝、丁原梅枝ら三名にその一部を送金した。

4  其の後所在不明であった相続人があらわれ、全財産につき相続する意思のあることが確認されたので、前記1の協議書は無効にされ、相続人全員で相続することとなったものである。

三  被控訴人組合、同吉本

控訴人が相続により取得した共有持分権は、原判決事実摘示抗弁記載の事由によって喪失し、あるいはその権利主張ができないものである。

(証拠)《省略》

理由

一1  《証拠省略》を総合すると次の事実を認定することができる。

亡甲野太郎(明治一九年六月一五日生、昭和五二年四月四日死亡)には妻竹子があったが、戦前別居し(同女は太郎と離婚しないまま昭和四九年六月一四日大阪府枚方市で死亡)、昭和二〇年頃には控訴人と内縁関係になり、以来事実上の夫婦として世帯を持ってきたもので、その間同人らの間に松夫(昭和二一年生)、竹夫(同二四年生)の二児をもうけた。太郎は、すでに自己が相当高令であるうえ、控訴人が正式の妻ではなく、しかも幼い子供二人を抱えていることなど控訴人の将来を案じ、安定した収入を得るため、昭和三七年暮れから翌三八年にかけ、太郎が所有し、公道に面している大田区《中略》二二五番一宅地六九・三一平方メートル(以下「二二五番一の土地」という。)に、入居予定者からの権利金等を資金にして控訴人名義で賃貸用の本件建物を建築してこれを控訴人に取得させ、以来控訴人は今日まで本件建物を牛乳販売店を営む第三者に賃貸してその賃料を挙げて生活費に充て、公租公課も負担してきたこと、なお、太郎、控訴人及びその間の子供は本件建物所在の近隣にある太郎所有の宅地建物に居住していたこと(右居住建物は昭和四九年一〇月頃取毀され、前記松夫所有名義の建物が新築され、控訴人らは右建物に居住している。以下右宅地を「本件居住土地」という。)。そして昭和三九年七月二四日には本件建物につき控訴人の所有権保存登記がなされた。太郎は前記竹子と昭和一〇年に結婚し、その間に四男三女をもうけ(被控訴人甲野秋夫はその四人目の男子)たが、それ以前にも結婚した女性(死亡)があってその間長男春夫ほか数名の子をもうけていたが、右子らはいずれも太郎とは暮らさず、それぞれ独立して暮しており(竹子とその子らは、長子松枝をはじめそのほとんどが竹子と共に大阪方面に居住)、本訴において被控訴人甲野秋夫が本件建物のそもそもの所有権者が太郎であるかの如く述べるまでは、控訴人の本件建物の所有名義につき他の相続人から異議、苦情など一切なかった。

以上の事実が認定され、右認定事実によると、控訴人が原始的に取得したか、建築請負人から承継取得したか、原始的に取得した太郎から贈与されたか(はたまた太郎が建築請負人から承継取得してこれを控訴人に贈与したか)、そのいずれにせよ、控訴人は本件建物を完成時ないしその頃右建物の所有権を取得したものというべきである。

もっとも、被控訴人甲野秋夫の供述(原審)及び控訴人の原審供述により成立の認められる甲第二号証(遺産に関する確認書)、第四号証(遺産分割協議書)(ただし被控訴人組合及び同吉本はその成立を争わない。)中には、太郎の相続人は控訴人を含めて本件建物は太郎の遺産であると考えていたという趣旨の供述及び記載があり、控訴人も原審において右に副うかの如き供述をしている部分があるが、右供述等は本件建物の建築経過等所有権取得(帰属)事由に関する具体的事実につきなされたものではなく、いずれかといえば抽象的、意見的なものにすぎず、また右甲第二、第四号証中における本件建物を太郎の遺産とする記載も、後記認定のように、太郎の死亡後控訴人及び一部の相続人が遺産分割について協議した際、控訴人及びその子の松夫、竹夫が本件居住土地を相続することとしたので、それとの均衡上、本件建物は太郎の遺産に属するものとすることに控訴人が承諾し、これをその敷地とともに他の相続人が取得するものと定めてその旨記載されたことが認められるのであるから、右各証拠をもって前記認定を覆すには足りず、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  本件建物につき、被控訴人甲野秋夫が別紙登記目録(一)の登記(以下「本件(一)の登記」という。)、被控訴人組合が同(二)の登記(以下「本件(二)の登記」という。)、被控訴人吉本が同(三)及び(四)の登記(以下「本件(三)、(四)の登記」という。)をそれぞれ経由していることは当事者間に争いがない。

二  そこで被控訴人らの抗弁について判断する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、左記の事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

1  亡太郎には亡妻松子との間の子、亡妻竹子との間の子、妻控訴人及びその間の子というように相続人が多数存したが、太郎の初七日である昭和五二年四月一〇日、相続人のうちの控訴人、松枝、被控訴人甲野秋夫、春夫、夏夫、松夫、竹夫らが集った席で、太郎の遺産の処理について協議がなされ、その際(1)控訴人とその子松夫、竹夫の居住する建物(松夫名義の)敷地(「控訴人らの本件居住土地」)は右三名が相続により取得する。(2)その代りとして控訴人は本件建物を太郎の遺産として提供することとし、右建物とその敷地(二二五番一の土地)は控訴人ら三名、被控訴人甲野秋夫、松枝、夏夫を除くその余の相続人に取得させる。(3)右(2)の土地建物は現金化して右(2)の相続人に分配するものとし、その現金化は被控訴人甲野秋夫、夏夫、松枝が責任をもって行うとの旨が定められて、その旨の書面(甲第二号証)が作成された。尤も右協議には一部の相続人が加わっていなかったので、遺産分割協議として成立したものではなかったが、出席者間では、その余の相続人にもその旨働きかけて、右の定めに従った遺産の分割を推進すべきことが了承された。その後同年五月二五日頃右と同旨の内容の遺産分割協議書(甲第四号証)が作成され、控訴人及び松夫、竹夫がこれに署名捺印して、他の相続人に回わされたが、署名捺印は揃わないまま経過した。

2  かくするうち、同年一〇月中旬頃被控訴人甲野秋夫において、控訴人に対し、前記協議で定めたところに従って本件建物等を現金化し、他の相続人に分配して、前記定めを実現するもののように言い、本件建物等の処分に必要なものとして、権利証と控訴人の印鑑証明書、白紙委任状の交付を求めて来たので、控訴人も、右求めに応じて右権利証、印鑑証明書、白紙委任状を被控訴訴人甲野秋夫に交付した。ここにおいて、控訴人は、前記の定めに従ってその居住土地を控訴人ら三名が相続により取得できることになることの期待のもとに、その換価金を前記の相続人に分配する趣旨において本件建物を換価処分する権限を被控訴人甲野秋夫に授与したわけである。

3  ところが被控訴人甲野秋夫は、本件建物の換価金を前記の相続人に分配する意思よりも、寧ろ本件建物を自己の経営する訴外会社の利益のために他に担保に入れる意図であったもので、その頃、被控訴人組合に対し、本件建物は名義は控訴人になっているが、亡太郎の遺産であり、遺産分割により被控訴人甲野秋夫が相続することになったと称して、被控訴人組合に根抵当権を設定して融資を受けることを申出て、同組合担当職員の前寿二も被控訴人甲野秋夫が右権利書及び名義人である控訴人の印鑑証明書、委任状を所持しているところから、同被控訴人の前記言うところを信用し、手続の便宜上相続登記に代えて控訴人から同被控訴人に売買による所有権移転登記をなすことを示唆し、よって同被控訴人は前記権利証、印鑑証明証、委任状を用いて、売買名義により同被控訴人に本件(一)の所有権移転登記を経由した後、被控訴人組合に対し前記会社を債務者とする根抵当権設定をなして、その旨の本件(二)の登記がなされた。また被控訴人甲野秋夫はその後、本件建物が同人の所有であるとして、前記会社の債権担保のため被控訴人吉本に対し、抵当権設定、賃借権設定を申出て、被控訴人吉本は登記簿上同被控訴人の所有名義になっているところから本件建物が同被控訴人の所有と信じて前記権利の設定を受けて、本件(三)、(四)の各仮登記を経由した。

(二)  右(一)の1の認定によれば、前記四月一〇日の協議においては、遺産分割協議が成立したわけではないから、右協議において控訴人が本件建物の所有権を放棄し、或いはこれを他の相続人に贈与したとまでは認められず、此の点に関する被控訴人らの主張は採用できない。

(三)  次に前記(一)の1、2の認定によれば、控訴人は本件建物の換価金を1の(2)の相続人に分配する趣旨において本件建物を換価処分する権限を被控訴人甲野秋夫に授与したものであるところ、同被控訴人は自己の経営する会社の利益を図るため本件建物を他に担保に入れる前提として本件建物の所有名義を同被控訴人に移転し、そして自己の所有物としてこれについて被控訴人組合、同吉本のために担保権等を設定したものであるから、被控訴人甲野秋夫の行為を全体として捉えてみれば、同被控訴人の行為は控訴人から授与された権限を濫用したものといわなければならない。しかしながら、前記(一)の2、3に認定したところによれば、右権限濫用の点について被控訴人組合も同吉本も善意無過失であったと認められるから、民法一一〇条の法意を類推して、被控訴人組合及び同吉本はその取得した担保権等をもって控訴人に対抗できるものと解するを相当とする。

三  控訴人は、控訴人が被控訴人甲野秋夫に対し本件建物の処分権限を授与したとしても、右権限の授与は、控訴人らが亡太郎の遺産である本件居住土地を取得する旨の遺産分割協議が全相続人間で成立するときにその効力を発生せしめるとの停止条件付でなされたものである旨主張するが、控訴人は、被控訴人甲野秋夫が本件建物を換価処分してその換価金を他の相続人に分配し、その結果、控訴人の希望するような本件居住土地を相続する旨の遺産分割協議が成立することを期待して処分権限を授与したものであることは先に二の(一)の2で認定したとおりであって、他に右主張事実を認めるに足る証拠はなく、採用はできない。

四  以上によれば、控訴人は本件建物を所有し、被控訴人甲野秋夫は右建物につき所有名義を有するなんらの正権原を持たないから、本件(一)の登記を抹消すべきであり、控訴人の同被控訴人に対する本訴請求は理由があるが、被控訴人組合及び同吉本の有する本件各登記は控訴人に対抗できるから、控訴人の右被控訴人らに対する所有権に基づく妨害排除請求権の行使としての本訴抹消登記手続請求は理由がない。

五  よって、原判決中、被控訴人甲野秋夫に関する部分は失当であるからこれを取消し、控訴人の同被控訴人に対する本訴請求を認容し、その余の被控訴人らに関する部分は結論において相当であるから右被控訴人らに対する本件控訴を各棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 安部剛 岩井康倶)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例